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          日米の医療比較内視鏡の歩
 
⋆⋆胃がんリスクや医療費の相違を背景に内視鏡の受容普及速度に日米差⋆⋆
 
                 アメリカの医学医療水準は世界の先端をいき、日本はその後塵を拝して
     いるとよく言われる。しかし、日本のほうが進んでいる医学分野もあり、     
                 例えば胃内視鏡や早期胃がんはその一つと言える。なぜ、日本はこうした
     分野が進歩したのか、両国における機器の受け入れ方、普及の違いを通し
                 検証する。
 
 
  日本と欧米諸国では内視鏡の普及速度に差がある。日本では胃カメラを世界に先駆けて開発し、内視鏡医学の進歩と共に広まった。欧米においては、医学的な進歩ではなく、他の理由で普及したと考えられる。なぜ、こういう違いが見られるのだろうか。
 医学分野のなかで、日本が最も進んでいると言われているのは胃内視鏡である。だが、海外では、日本の医師がどれほど努力して胃内視鏡の進歩に貢献してきたか、あまり理解していない。英訳された日本の文献でも殆どこの事に言及していない。両国でどのように胃内視鏡が普及してきたか、患者の治療にどういう影響を及ぼしたかを検討してみたい。
 
医療に対する考え方は国によって異なる
 
 胃内視鏡のことを語る前に、日本と欧米の医療制度について触れる。ご存じだろうが、医療の考え方等について、それぞれが重視する点はかなり異なる。
 アメリカで医療を受けようとすると、医療の質はその人の教育の程度、医療機関へのアクセスの良し悪し、良い健康保険に加入しているかどうか、或いは医療費の高低で決まる。たとえば、税を財源とするイギリスの国民保険サービスでは、人工透析を受けられる患者がアメリカに比べて限られている。その代わり、医療費は国民全体に均等に使われる。アメリカでは、人工透析患者に一人当たり10年で約40万ドルかかっている。保険保持者の腎不全患者はだれでも人口透析を受けられる。こういう高医療費の処置がよく行なわれるので、アメリカではGDPの14%を医療費に使っても予算が足りず、全国民に健康保険が与えられない。
 日本では、国民皆保険が当たり前の事のように受け止められている。日本はアメリカほど高額治療が多くないので、医療費は国民全体の疾病治療や予防対策に使える。また病院で働く医師が全体の60%に及んでいること、アメリカと比べて手術が少ない事も、日本が医療費を低く抑えられる理由である。ここでは、アメリカと日本のどちらの制度が良いかを論ずるのではなく、国によって医療に対する考え方が違う事を強調しておきたい。
 世界中の大多数の医師はアメリカの医療について、その費用を厭わなければ、かなりの分野で世界有数のものを享受できると思っている。一方、慶應義塾大学医学部の池上直己教授は、New- England Journal of Medicine (vol.133 no.9 1999) でこう書いている。「日本の医療制度は平等に、(比較的)低額に、効果的に作られている。
 
胃がんの多い日本人と少ないアメリカ人
 
 日本人はどう言う訳か胃がんのリスクが高い。その為、特に消化器の病気の早期発見早期治療に力を入れている。胃がんは世界でも肺がんに次いで二番目に死亡率が高い癌で、毎年78万8千人が死亡している。日本は世界一胃がんの多い国で、癌全体の30%が胃がんである。人口10万人のうち男性は52人、女性は31人が毎年胃がんにかかっている。因みに、アメリカでは胃がんが 少なく、癌全体の3%、人口10万人につき男性が6人、女性が3人である。
 そして日本では、内視鏡とレントゲン技術を駆使して、早期胃がんの5年生存率が80~95%になった。早期胃癌はイギリスやドイツでも診断されている。ドイツ人医師のエカードの文献(1990)によると、ドイツでも早期胃がんの5年生存率について日本と同じようなデータが出ている。アメリカでは、胃がんの5年生存率は今でも約20%である。
 胃がんの発生は何らかの発がん物質によるといわれ、これを助長させる要因に関しても、これまで様々な事が指摘されてきた。主に統計の比較により、例えば胃がんの多い日本人と少ないアメリカ人の食生活を比べて、「日本人は食塩や味噌の摂取が多いので、それらが原因ではないか。」と仮説を立てるような事である。さらに発酵食物、漬物、醤油なども原因だと言われてきたが、いずれも推測の域を出ていない。
 最近ピロリ菌説が出てきて皆の関心を引いている。これも、胃がんの多いところにピロリ菌が多いので、何か関連があるのではないかという推量から始まったものである。日本でのネズミの実験で、ピロリ菌を胃に注入したら胃がんが発生したという報告も出ており、注目したい説である。
 実際、日本においても40年ほど前は、胃がんは死の病であった。「胃がん」と診断されると何の手当ても出来ず、ただ死を待つのみであった。そのような状況を何とか打開できないかと、日本人医師たちは必死の努力で胃内視鏡を開発し、また胃のレントゲン検査で二重造影法を確立したのである。
 
ファイバースコープにみる日米の受け入れ方の差
 
胃内視鏡の歴史は1868年に始まる。ドイツ人医師のクスマールが径13mm 、長さ47cmの金属管硬性スコープを用いて、生きている患者の食道や胃を最初に診た。その後、欧米の医師だけでなく、日本でも硬性胃鏡の改良などを行なう医学者はいたが、患者の苦痛を軽減するに至らず、この機械は日本であまり普及しなかった。
 医学的なテクノロジーは通常、海外から日本に輸入されて人々に受け入れられるまでに比較的時間がかかる。その意味で、胃ファイバースコープは異例と言える。ファイバースコープは1961年にアメリカで作り出されたが、1965年頃には日本で急速に普及し始めた。その普及率はアメリカより5年程早かった。両国の普及率の差にはいくつかの理由が考えられる。
 一つの理由は、当時アメリカでは、屈曲性のない硬性内視鏡、先端がsemi-flexibleな硬式スコープが使われていたことだ。この硬式スコープは1935年に医師のシンドラーが開発した。先端がsemi-flexibleなため、以前の硬性鏡よりは普及したが、実際はあまり役に立たなかった。写真は撮れたものの、検査時胃に多量の空気を入れなければならなかった。また、胃の下のほうの幽門も見えにくかった。さらに、挿入するのにかなりの技術が必要であり、それは名人芸に近かったともいえる。61年にファイバースコープがアメリカで創作された時、同国では数百人の医師が硬式スコープを使っていた。当時のファイバースコープの映像は今ほど鮮明ではなく、生検や内視鏡的治療も出来なかったので、アメリカの消化器専門医は、このflexibleな内視鏡に対して悲観的であり、なかなか受け入れられなかった。
 逆に日本では、硬式スコープはあまり使われていなかった。加えて、当時の日本の胃がん羅患率は今と同様にアメリカよりかなり高く、flexibleな内視鏡が容易に受け入れられる土壌が醸成されていた。グラスファイバーで作られたこの機器の特徴は、直接病変を見ながら写真を撮るのを可能にした事である。
 
日本中に胃カメラと早期胃がん分類が普及
 
 日本で最初に普及した内視鏡は胃カメラである。胃カメラは1950年に、東京大学医学部分院外科の宇治達朗医師が始めて作った。最初はよく故障し使い物にならなかったという。胃カメラは従来の胃鏡と全く異なり、先端に備えたカメラ部により、胃内壁を直接フィルムに写し、そのフィルムで診断が出来るはずだったが、宇治医師の開業とともに放置されてしまった。
 その後、せっかくの機械をどうにかしようと、オリンパス社の杉浦、深見の両氏が、東大医学部第一内科の崎田隆夫医師に開発続行を依頼した。崎田医師は胃カメラに改良を加え、労を惜しまず、その使用法、写真の撮り方等を開発、当時一般的になったカラーフィルムを取り入れ、胃カメラを完成させた。胃カメラに写し出された病変部は鮮明であり、正確さとフィルムの記録性ゆえに複数の医師による診断と討論が可能となり、胃診断学は飛躍的に進歩する。短時間で検査可能なうえ、患者の苦痛も硬式スコープとは比較にならないほど軽かった。胃カメラは、直接病変が見られない欠点があったが、数年の実験を経て、思い通りの部位を自由に撮影する技術が出来上がっていった。
 1961年の日本内視鏡学会では、全国から早期と思われる胃がん症例約400を集めて分析した結果、胃がんが粘膜下に留まっていて筋層を犯していなければ、5年生存率もかなり高いという報告があり、粘膜下どまりの癌を見つける努力がなされた。これが早期胃がんの分類につながる。早期胃癌の内視鏡学会分類は同年発表された。レントゲン、病理、内視鏡の医師が協力し完成させた分類で、無駄がなく優れたものである。Ⅰ型(Protruded Type)、Ⅱ型(Superficial Type、その他subtypeのa、b、c)、Ⅲ型(Excavated Type)というこの分類は、日本中に普及した。
 医師に受け入れられた理由としては、1960年までに胃カメラが日本の隅々まで広まっていた事、内視鏡学会が大いに普及に貢献した事、レントゲン診断学が進歩した事が挙げられる。胃がん撲滅のために放射腺科医と消化器系医は互いに切磋琢磨しながら、診断学の発展に寄与したのである。そして現在、医学の進歩に伴い、胃の小さな癌が次々に診断され、日本では、「胃癌=死の病」というイメージから開放されてきたのである。
 ところで、胃カメラが日本中に普及したのは崎田医師たちの努力によると言える。彼らは全国各地で胃カメラの講演や研修会を行なった。現在、各地で活躍している内視鏡医には、この研修会に参加した者が多い。
  そのほか、胃癌を早期に診断できるとあって、診療報酬上で評価された事も、胃カメラの普及を後押しした。1963年に日本でファイバースコープが使い始められた頃にはもう、消化器の専門医は胃カメラの基礎に馴染んでいた。胃の内部のどこをどういうふうに写真に撮るかのスタンダードも作られていく。1966年の普及台数は二千以上の病院で一万台を超えた。
 
早期胃がんに対する理解が乏しい米国医師
 
 内視鏡の構造もどんどん進歩していった。生検の機能が出来た当時、日本の医療費が比較的低いため、ファイバースコープで写真を撮った後、また同じファイバースコープで治療をするという方法が使われ始めた。ファイバースコープを、胃腸の診断に必要なレントゲン装置と併設するのは一般常識となり、多くの医療施設に備えられていく。一方、医療費の高いアメリカでは殆んど、写真撮影と治療を同時に行なわなかったし、ファイバースコープとレントゲンは分野が離れていたので両立しにくかった。
 日本では又、内視鏡の写真で病気の進行と病変の形を記録したから、早期がんの研究、診断治療が発達した。アメリカでは記述方式が主体であり、特別な時以外写真は撮らなくていいとされた。胃がんの発生数も日本と比べてかなり少なかったので、研究や治療も日本ほど行なわれなかった。さらに、日本では進行がんの手術をした後、その前のフィルムを逆行的に調べていくことで、早期がんの細やかな形も分かってきたのである。1970年代に入り、アメリカをはじめ他国でもようやく内視鏡診断に熱を入れ始める。遮断機や麻酔薬など伝処置用薬剤の研究も進み、容易に検査が可能になった。だが早期がんに関しては、日本の文献が英語に翻訳されても、アメリカの医師は日本の技術的進歩をよく理解できなかった。アメリカには未だに胃の早期がんは日本だけにある現象だと思っている医師が多い。
 
 
胃内視鏡の費用はアメリカの半分
 
 胃内視鏡を行なう理由としては、腹部の痛み、胃や十二指腸からの出血、胃レントゲンの異常、十二指腸潰瘍、胃潰瘍、食道炎の既往症などが挙げられる。アメリカの医師は胃や十二指腸の出血のため、日本の医師は胃がんのスクリーニングのために胃内視鏡を実施する傾向がある。
 日米共に胃内視鏡の普及に対する法律面の支障はあまりなかった。日本では、診療報酬上の評価が内視鏡の普及を支えたとも言える。アメリカでは、FDA(食品医薬品局)510Kという法律で、新しく開発された医療技術の普及を管理している。FDAは、ファイバースコープの進展を妨げる事は殆どしなかった。
 日本の医療費は比較的低いが、胃内視鏡のコストは決して低くない。処置手技の分類の違いや為替の変動などがあるため、日米のコストを細かく比較することは難しいが、大体日本のファイバースコープの費用は、1960年、 70年代にはアメリカの三分の一くらいであった。それが 80年、 90年代になるとアメリカの半分ほどまで上がってきている。最近の統計によれば、胃内視鏡や二重造影の効果が出てきたのか、胃がんによる死亡率が減り、その生存率も高くなっている。
 現在、日本で行なわれている胃内視鏡の数は約35000台。大腸内視鏡は約1万台と言われる。胃内視鏡による診療は、毎年 900万例行なわれ、約三分の一は小規模病院や診療所で施されていると見られる。アメリカには正確に記録された統計がないものの、500万例ほどと推定される。胃内視鏡より大腸内視鏡の件数の方が多い。
 学会員数にも、内視鏡への傾倒ぶりが反映している。日本内視鏡学会は、1959年に設立され、30年後には同会員数は約20000人に増加する。アメリカの内視鏡学会員数は、四分の一の約5000人である。
 
画像や記録をコンピュータ処理
教育用に便利な電子カメラ開発
 
 アメリカでは1960年代後半にメディケア(老齢者、身障者対象の医療保険)が出来た後、専門医による手技数が激増した。1976年を例にとると、手技を一番使う専門医は循環器系医で、二番目が、消化器系医であった。アメリカでの内視鏡や他の専門医の状況は、当時のジャーナルの記事を読めば推測できる。70年代に消化器系医師ラクラドイは、American Journal of Gastroenterology』でこう書いている。「内視鏡は屈曲性があり、治療も出来、一般に認められてきた。だが、アメリカでの内視鏡の発展は少し急激すぎた。ファイバースコープは普及しているが、内視鏡について充分に教育されている医者は比較的少ない。これから内視鏡のトレーニング∙プログラムを開発していけば、医者が手技を使いすぎているという不合理な状況を是正していけると思う。こういう状況を変えなければ、人々から批判を受けることになりかねない。」 1978年に、アメリカ内科学会会長のジョン∙ベンソンも講演で同じような事を語っている。
 日本では最初からメーカー間の競争が激しかった。アメリカではACMIしかファイバースコープを作っている会社がなかった。ファイバースコープはアメリカで発明されたものだが、開発は殆ど日本の医師やメーカーが行なった。現在の内視鏡マーケットの約85%はオリンパス社シェアーであると言う。その他フジノン、ペンタックス、東芝社の機械が使われている。
 アメリカでは70年代から急激に胃内視鏡が普及した。毎年1000台ほど売れたと言われる。大腸内視鏡と合わせると、販売台数は2500台程になるという。1969年アメリカでは内視鏡の8割をACMIのものが占めていた。1970年代の後半までACMI,町田、オリンパス等が競争し、最後にはオリンパス社が勝ち残ったと言える。
 1984年にウェルチアレン社から電子(ビデオ)ファイバースコープが開発された。先端に小さなテレビカメラ(CCD=Charge Coupled Device)を装着したもので、画素数が十万と解像力も強い。この新ファイバースコープを使えば、画像や記録をコンピュータで処理できるほか、画像を見るのが楽になり、教育用にも便利である。ガラス繊維が折れることもまずない。(胃内照明はまだガラス繊維を使用)
 電子カメラも、旧来のファイバースコープと同じように良いと判断されるものと、そうでないものがある。良いと判断されるものは内視鏡医間の評価差が少ない。軟らかさと硬さのバランスのとれた構造、デザイン性、会社のアフターケアーやサービスも大切な判断要素であろう。
 
なぜ、アメリカでは胃がん対策を取らないのか
 
 医学分野の中で日本がアメリカより進んでいるのは胃腸の診断治療で、特に内視鏡は際立っている。現在のアメリカの医学界は他の分野に力を集中するあまり、「消化器の早期がん」という日本の考え方をかたくなに拒んでいる。アメリカでは今でも胃がんは死の病気を意味する。毎年1万4千人ほどが胃がんで亡くなっているにもかかわらず、何の対策も取らない。何故なのだろうか。一つの理由は、病気の発生率の違いではないか。アメリカでは胃がんが少ない。反面他国に比べて心筋梗塞が多いから、心臓カテーテルの技術やバイパス手術は進んでいる。
 もう一つの理由は歴史と文化の違いである。宗教的見解からか、助かりそうもない先天性奇形の子供をべらぼうなお金を使って治そうとする。逆に恵まれないマイノリティーの子供には予防接種も十分に行なわない。だが、大国アメリカは世界的に非常に大きな影響力を持っており、医学の世界も例外ではない。
 胃がんは世界で二番目に多い癌である。胃がんの診断治療は大切なテーマであり、日本がこの分野に力を入れているのは重要な事と言える。今後もあらゆる機会を利用して、啓発していくべきである。世界にとって、胃がんに対する戦いは終わったのではなく、今始まったところである。
 
 
 
                           執筆           霞 竜雄
                                                                                                              霞 朝雄
                               リバーサイド健診センター